clonekoさん用

4月 28

JINSの調光レンズなメガネをつけて2週間ほど経ってみた

2週間ほど前にJINSのCOLOR CONTROL LENSなメガネを購入してみました。

で、いろいろ思ってみたことをつらつらと。

眩しくない…のだけど…

あたまりえなんですが、眩しくありません。サイトに書かれているとおり、紫外線が強いと結構素早く黒くなってくれます。

それはいいのですが、気をつけないといけないことが結構あります。

紫外線カットされた環境では黒くならない

「傘や帽子で紫外線を遮ったり、紫外線カットガラスに覆われた車などの中では、レンズは濃くなりません。」と注意事項に書かれているとおりです。 車を運転している時の眩しさには対応できないことが多いのです。

トンネル怖い

「濃いレンズが淡く戻るまでに多少の時間を要します。運転中にトンネル・屋内駐車場などの暗い場所に入ることや、夕暮れ時に運転することは危険ですので、ご使用にならないでください。」と注意事項以下略。

通勤路にトンネルがあるので、結構怖いです。 トンネルの中は一応ライトついていますので全然見えないことはないですが、最初怖かった。慣れたけど。

免許の写真撮る前に注意

このメガネつけて運転免許の更新をしにいこうとして、写真を撮る時に時間かかるかもしれません(と、うちの兄上様に言われた

時間が経てば戻るのであまり気にすることではないですけどね。

見た目怖い(←

ふつーのメガネと時とは印象が変わってしまうことがありますの。 自分がサングラスつけていると結構不審者に見えてしまう可能性があ(自粛

とまぁ、いろいろメガネ変えてみて気付いたことをつらつらと書いてみました。

基本通勤は原付なので走行中はガンガンレンズの色変わってくれますし、目への負担は減った気がします。

これでサングラスの代わりになるか。と言われたら使用する環境次第…ということになっちゃいますが、4000円ちょっとで度付きサングラス的な機能が追加できるならいいんじゃないのかなーと思ったりします。

もともとJINSのメガネ自体そこまで高いものではないので通勤用メガネとして置いておくのもいいかもしれません。

(そしてJINS PCとかあるのでJINSはサブメガネ的な需要を満たすとこを狙ってるのか…とか思っちゃいます)

おまけ

この投稿を書くきっかけとなった@Geeorgey さんの 眩しいのが苦手なのでJINSへ行ってメガネを買ってきた。その理由 を見てた時の「無慈悲な広告」がこちら。

Zoff

Oh my Glasses

その他いろいろ

Google AdWords様的にはきっちり仕事しているわけですが、ぷち営業妨害ですよねこれ…

4月 14

MacBook Pro (Late 2011)のメモリ増設した

VMWare fusionでWin8動かしてたんだけど、メモリが足りない足りない。

てなわけでメモリ増設。一応Appleのオフィシャルの情報だとMacBook Pro(Late 2011)では8GBまでしか増設できないことになっているのだけど、同僚の@typosone先生曰く16GBまでいけまっせー。とのことだったのでおもいきって16GBに挑戦。

いろんなサイトで書かれている情報を見てたらCFDのメモリがいいみたいなこと書かれているのだけど、なんとなくBuffaloとかIOデータとかELECOMとかサンワサプライとか好きじゃないのでトランセンド・ジャパン の Transcend JetRam ノートPC用増設メモリ PC3-10600(DDR3-1333) 16GB KITにしてみました。

あと、みんな(上記のいろんなサイトの人)一緒に精密ドライバーも買っているようだったので一応兼古製作所 の アネックス(ANEX) 精密ドライバー プラス00×50 No.3450も合わせて購入。

無事16GB認識してくれてます。

ほいきた twitter.com/cloneko/status…

— Yonashiro Yuuさん (@cloneko) 2013年4月14日

4月 12

講義に活かしてた本達

昨年度はいろいろ試行錯誤しながら講義をやっていっていたわけです。はじめてのけいけんなもので。
その中で講義に活かしていたよなぁ…と思う本がいくつかあるのでシェアしたいと思います。

東大家庭教師が教える頭が良くなる記憶法

前半だけかなり有効活用させてもらった気がします(後半は僕の講義には合わないものが多いので…)。
前半は考え方というか、記憶が定着するまでのプロセスの話が多いのでそこが非常に参考になりました。

コンピュータを使わない情報教育アンプラグドコンピュータサイエンス

コンピューター系の講義しておきながらコンピュータを使わないとか言っている本って…とか思われるかもしれませんが、どっちかというとアイスブレイクというかウォームアップのネタ本。

意外と?学生ウケがいいのが高評価。でもこれ、本来対象小学生…まぁ、わかりやすいのには小学生も何も関係ないですけどね。

UNIXという考え方―その設計思想と哲学

いやー、これは鉄板というか、この考え方無くしてLinux教えるのは本当に危険というかね。

他にもいくつかあるけど、この3つはかなりお世話になった感。

3月 07

講義していない?

多分本質的なところでは、僕は講師として講義をしていない。

講義の定義ってそもそもなんなんだろうと思ってMacの辞書で検索してみると

人々に学説書物物事などの意味や内容を口頭で説明すること。また,その説明の話。

とある。この定義からすると、本当に講義なんてしていない。
もちろん部分的には教科書の内容を口頭で説明したりしている部分はあるけれども、意識していることはそこではない。

講義を受けている学生たちが何を望んでいるかよくわかってない分、このやり方は正しいのかわからないが、僕は彼ら、彼女らが自ら物事を学ぶことの推進をできるよう意識している(もちろん上手くいってるかどうかはわからないのできちんと検証する必要はあるだろう)。

その検証の結果は…おそらく数年後にわかるんだろうなぁ…

チューターという関わり

さっきの自己有用感の話とも繋がるんだろうけど、僕が講義をしにいっている学校でもチューターのような制度を導入してみるのはどうなんだろうか。とか思ってみたりしている。
少しはあるのだけど、もっとたくさんの時間かかわりを持てるようにしてあげるといいなーとは思う。

所詮は非常勤講師なので関与できることはあまりないのだけど、もっと学生が後輩とかかわる時間というのがあってそこで教えたりするということを通して学んで欲しいこともあるのだけどなーとか妄想してみたりしてます。

いろいろ難しいんだろうけどね…

自己有用感

男って奴は「自己有用感」が満たされるとモチベーションが上がるらしい。らしい、っていうか自分でそのあたりは実感しているので多分そうなんだろう。

女性に言ってもあんまり理解してもらえないけど。

ってことはだ、モチベーション下がってたりしている人に「自己有用感」を与えることができればあんまり自分でクズだとか言わなくなるのか…

もっとも「自己有用感」を与えるってどういうことかから考えないといけない気がするけど、なんとなく、これはこれで一つ悩んでいることの答えになるんじゃないのかなーとか思っている。

どうして人は 儚いものに 心惹かれてしまうのだろう…

見良津健雄さんのMemorial Bestに入ってる哀しみの温もりの歌詞より。


どうして人は 儚いものに 心惹かれてしまうのだろう…

どうして人は 変わらないものに 心惹かれてしまうのだろう…

2月 27

なんでこんなこと書いたのか

なんでこんなことをつらつらと書いているのかというと、まず「吐き出さないと結局自分の中だけで考えてしまって悶々とするから」。

こんなのチラシの裏にでも書いとけ。って内容ではあるのですが、誰かに見られたいけどあんまり誰にも見られない場所で吐き出したいという変な思いがあってまぁ、TwitterとかFacebookと連動してないしtumblrまでフォローしている人になら見てもらっても別にいいかなーとか思いながら書いてました。

別にかわいそうと思ってほしいとは思ってません。むしろこれが僕が生きてきた証ですし、僕の人生観とかのベースになっている部分でもあります。
また、こんな立場だからこそ見えることもあるし、他の人では理解できないだろうなぁとか中途半端な優越感もあるくらいなので、これを読んでかわいそうとか思わないでほしいです(むしろこの文章読んで痛い奴だなとかいう意味でかわいそうだな。とか思ってもらう分には特に気にしませんが)。

僕の周りのみなさんはこんな僕を受け入れていただいてると思っているのでこれを読んでかかわりがかわる。なんてことは無いと思ってますし、むしろいろいろアドバイスとか頂いていることのほうが多いのでその部分に関しては非常に感謝しております。

こんな私ではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

沖縄戻ってきてから診断を受けて…

沖縄に戻ってきてからも、やっぱり診断を受けることが怖かったり時間を取るのがめんどくさかったりして結局1年以上そのままにしてました。

職業訓練的なものを受け、OJT行き、OJT期間終了して年度末まで同じ会社でお手伝いさせていただき、4月は実質何もせず、5月から今の学校でお仕事させていただいた。というのが2012年の話。

学生に講義をしているうちにまず自分ときちんと向き合ってその上で講義しないと伝わるものも伝わらないんじゃないかと思うようになってきました。

非常勤というある意味授業の無い時は学校に拘束されないという部分もあって、「時間が無い」という理由で診断を受けないことは無いなー。というのと、年度が変わる前にこの問題は解決しておきたいなーという思いから2013年の1月末に病院へ行き、検査を受けました(検査を受けたのは2月か…)。

この時は「診断受けたら受けたで受け入れればいいし、違ってたらそれはそれで自分の性格を気合いで直すしかないよねぇ」とかそこそこ楽観的に見てる自分がいました。

そして結果「自閉症と発達障害のコンボ」という結果を聞かされました。もっとも「コンボで発病することが多い」ということは(WIkipediaとかで見て)知ってたので、あーそうですかー。とサラっと聞き流していました。

病院を出て車に乗り込み、一人になった瞬間。おそろしいくらいの不安感に襲われました。どんな診断であれ受け入れる覚悟をしていたはずなのに実際言われてみると全然受け入れられない。どうしていいかもわからないし、診断受けて人生が変わるわけでもない。とかここ最近で一番悶々としながら家路についていました。

その時、Twitterをみてたらたまたま教え子の学生が「飲みにいきたーい」とか書いてたので「いいなー」とかReplyしたら「行きましょー」とか誘われたりしました。

かなり悶々としていたのでこの誘いどうしようか。とか思ったりしてたのですが、飲みにいったあと、「まぁ、こんな悶々としていてもしかたがないのでいつものバーで酔い潰れてしまおう。」とか思ってとりあえず行くことに決めました。

そして学生となんかいろいろ突っ込んだ話をしつつ、一緒にバーに行くことになり、行ったタイミングでもうこの気持ちを吐き出してしまいたいと思い、こんな診断を受けたんだーとか言ったような覚えがあります(あの時のシチュエーションはとりあえずUNOしてる時に自暴自棄気味になって言ったような記憶しかありません)。

そんな話をしてたら、この話の聞いていた同い年のバーの常連さんもまた同じ病気をかかえていることを話ししてくれました。

共感してくれたり、諭してくれたり、いろいろアドバイスしてくれたことに思わず泣きまくったような…(基本的に酔うと涙脆くなるのですが、それとコンボで)

そして今に至る(って2週間くらいしか経ってないけど)のです(まだ続くよ!)

京都編

まぁ、ご存知の方はご存知だと思いますが、京都ではサーバー周辺のお仕事から謎のプログラム改修/デバッグ、ブリッジSE的な何か、営業資料作成、かたや客先で引っ越しの手伝い兼配線作業などしていたわけです。

特にサーバー周辺のお仕事がメインだったわけですが、トラブル対応の時はいいのですが、普段のサーバー監視が死ぬほど辛い。手順に従ってごにょごにょしていくという簡単なお仕事が全然できない。凡ミス連発するわでサーバー管理者としてある意味最悪だったわけです。

そして、会社では空気読めない、上司の指示がごちゃごちゃになり結局複数の上司の指示をどっちもできずにどっちからも怒られるとか、上司の言っていることが理解できないので「きちんと説明してください」とか言ったら「この説明でわかってないのはお前だけだ。どんだけ頭悪いねん。他の同僚に聞いてみろ」とか言われ、完璧に「仕事できないアホ社員」フラグが立ってるわけでした(まぁ、他の同僚に聞いても「さぁ」とか言われたわけですが…)。

仕事しても成果出せないどころかむしろマイナスになり、そのリカバリーだとかで給料なんてレベルじゃない状態で仕事したりの。まぁ、「個人として」見たらある種の暗黒状態パート2みたいな時でしたが、この時にいろいろ普通の会社に務めてたら見れないこととか、「ルーチンワーク以外」とか「本業のサーバー関連業務以外」のところで成果出せてたりとかしていろいろ貴重な経験をさせていただいたと思っています。

そして、その京都に居るタイミングでたまたまWikipediaのアスペルガー症候群のページを見ることがあり、そこに書かれている「アスペルガー症候群の診断を受けている事を公表している著名人」に書かれている「南雲玲生」氏の名前を見た時にかなり衝撃を受けました。

先に書いたとおり、僕は割とBEMANIシリーズ初期のころから音ゲー好きなわけして、当然、氏の曲もかなりプレイしていたわけです。

そこから氏のblogの記事を読んでみたり(例のごとく?過集中状態になりながら記事を全部読むとかそんなことしてたりして)しているうちになんかやっぱり自分もそうなんじゃないかな。と思うようになってきて、そろそろきちんと診断うけたほうが…とか思ってたわけですが、上記のとおり、仕事で成果が出せてなさすぎてそれどころじゃない。っていう状態でした。

そんなこんなしているうちに社内で大喧嘩して会社辞めて沖縄帰ってきた。なんていう京都でのお話でした。